![]() さて一口にハイビジョンノンリニアといっても前説で申し上げた通り、ちょっと昔だったら到底考えられない世界だったわけだけれど、それはとりもなおさずパソコンの進化と二人三脚ともいえるような気がする。 私が初めてパソコンに接したのは今から26〜7年位前、まだサラリーマンしていたころで、コモドール社のPET2001というマシンだった。v(^-^) ちなみにその頃の価格で298000円、私の月給が8〜9万だったような。 それでそのマシンの性能はクロックは数十キロHz?、メインメモリーが8kバイト、ストレージはカセットテープ、それに8インチくらいの白黒モニターがついたオールインワンという代物だった。 そしてベーシックとかいう言語を少しいじっただけで、仕事には使い物にならないと諦めて、20年近くパソコンから離れ、再会したのがパワーマックのPM9500、そして8500だった。 あまりに進化と使い勝手の違いに目茶苦茶戸惑ったのだが、特選街という雑誌でマックならば猿でも使いこなせるみたいに紹介されていたので、これが一番易しいんだろうな、と、すでに40半ばを過ぎていたのだがとにかくいじり始めた。 その時の9500の価格は40万前後?メモリー最大にいれてトータル80万円越したような。 すでに世の中の月給は私の退職時年齢換算で20万前後と思われるから、メモリー入れなければ割安、メモリー入れると割高といったところ。 そして性能を加味したら超割安、なにせクロックは120MHzだから数千倍、メモリーも8kが標準で16MB(16000k)へと2000倍、その凄さに圧倒されまくった。(-_-;) ところがそのパソコンのそれからの進化が半端ではなかったのだ。 一応、性能が2倍以上になったら買い足す?みたいなことをしていたのだが、もうこの辺が究極だろうと毎回思いつつ、それが常に裏切られるという嬉しいような悲しいような、、。(^_^ゞ ![]() 勿論、その過程ではビデオ遍歴34〜36にも書いたように、別のアプリケーションやらハードやらに接したのだが、パソコンの性能、使い勝手などでリニアにたいして圧倒的なメリットを感じるまでには至らず、足踏みしていたのだ。 そしてFCPとくだんの組み合わせで、初めてのノンリニアがSDIだったのだから、かなり極端な戦法、戦略?だったわけで、一歩間違えれば玉砕必至だったような、、、。(^_^ゞ しかし、そういったことの背景には、私のところにはすでに十二分なリニア設備が有ったがゆえにノンリニアへの取り組みが遅れてしまったということ、ノンリニアにゆく必然性をベーカムSPフルシステムよりも高画質高性能に求めたことである。 そうなるとその時点ではデジベをリニアで行くためには経済的にいかにも苦しい、だったらノンリニアでどうだろうか、併せて、DVフォーマットの登場で、多少の問題はあるにしても、ベーカムSPよりも高画質?が手軽に扱え、そこへFCPが登場したのだから、いまにして思えばやはり必然の成り行きではあったのかも知れない。v(^-^) ![]() 私のスタジオでも、SDのSDIは、AJAビデオのIoというインターフェースを導入、さらに手軽になって、例のD1Desktop64AV専用マシンも今ではプリンタードライバーとして余生を送っている。(^_^ゞ ![]() ![]() 左の画像で AJA/Ioというインターフェースは入出力にアナログ、デジタル両コンポーネント端子、当然S端子やコンポジットもあり、さらに音声用アナログ&デジタル端子、そしてSDIは音声がエンベデッドということで実に使いやすいものとなっている。(DV端子は無し、これはSDI信号をDV端子経由ということでFWの能力をすでに目一杯つかうためにらしい。) ただし、FCP4に特化されており、必然的にマック専用、OSはX以上というもの。 いちおうこのアイテムの登場でD1Desktop64AVは窓際においやられ、さらに音声処理のためにDSRー2000のインターフェース機能に負ぶさっていたことからも解放、編集ラック周りも随分とすっきりした。v(^-^) |